月澄む空に8

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「申し訳ありません!」
 下手をすればひとみが大怪我を負っていたかも知れない事態に、スタジオ内は騒然となり、照明チームは慌てて壊れたライトの片付けやら点検を始めた。
「もう大丈夫だから」
 ひとみは気丈に立ち上がった。
「今日はもう上がれ」
 工藤に言われて、ひとみはふう、と一つため息をつき、「そうね、なんかこの雰囲気じゃ、みんなも今日は無理よね」と頷いた。
「今夜はゆっくり休んでください」
 工藤の後を追うようにひとみに寄り添っていた天野も心配そうに言った。
 今夜の撮影は終了となり、俳優陣は解散し帰っていく中、クルーたちはそれぞれの持ち場でいつもより入念に点検をしてる。
「何ですかね、みんな丁寧にチェックして撮影に臨んでいるし、こんな事故、このチームで起きたことなかったのに」
「人間のやることだからな。疲れがたまってるんだろう」
 腕組みをしてぼそぼそと呟く大秦監督に、工藤はそう返したのだが、大秦が何か納得していないように、工藤にも釈然としないものがあった。
「あの、工藤さん」
 直接工藤に怒鳴られたわけではないが、おそらくひどく責任を感じただろう照明チームのリーダー尾形が声をかけた。
「今回は本当に申し訳ありませんでした」
「いや、大事に至らずにすんだからな。点検を怠るなよ」
「はい、肝に銘じてそれは」
 尾形はそういうと一旦言葉を切って、まだ何か言いたそうな顔をしていた。
「どうした?」
 工藤は尾形の表情が険しいのを見て聞き返した。
「これ、見てください」
 尾形は手に持っていた切れたケーブルを工藤に見せた。
 これまで何年も一緒にやってきたベテランの尾形は険しい表情で続けた。
「先端、何かで切られたとしか思えないんです」
 声を落として尾形は言った。
 工藤はケーブルを手に取って、切れた先端を見た。
 経年劣化などで切れたとすればこうもスパッときれいな切り口にはならないだろうと思われた。
 誰かが意図的にやったとすれば、由々しい問題だ。
 工藤が懸念するのは組関係で自分への攻撃だった場合だが、今回のことはそっちとは関係がないような気はした。
 だが一〇〇パーセント違うとは断言できない。
「このことはしばらく伏せておけ。ただし悪いが、撮影の前にすべてのチェックをしてくれ。内々にな。こっちも何か手を考える」
「わかりました」
「何か気になったら逐一報告を頼む」
「はい」
 尾形は硬い表情のまま持ち場に戻っていった。
 時刻はちょうど八時を過ぎたところで、工藤は携帯で森村を呼び出した。

 


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