誰にもやらない14

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 シーツを握りしめる浩輔の目じりから涙が零れ落ちた。
 あんなことは酒に酔った河崎がちょっとはめを外しただけの戯れだったのだと必死にその記憶を追い払い、仕事に没頭しようとした浩輔だが、河崎の戯れはそれだけでは終わらなかった。
 それからも河崎は、浩輔の思いなどおかまいなく強引に引きずり回し、浩輔の痩せた身体を力でねじ伏せた。
 一方では、相変わらず数多の女たちと浮き名を流しながら、当然のように浩輔を自分の部屋に連れ込んだ。
 罪悪感など微塵も窺えない。
 不条理に、浩輔は唇を噛むしかなかった。
 さらにある時、自分が「河崎達也のお稚児さん」などと社内で噂されているのを知り、浩輔は愕然とする。
 ドジ、マヌケ、ノロマ、と罵声を浴びせられながらも河崎につき従う浩輔を、周りの人間たちはバカだと影で哂笑った。
 そして自分に向けられるようになった女性社員のきつい視線。
 その中心的存在が、重役の娘だという松井さやかだった。
 刺を持つバラというにふさわしい華やかな美女。
 彼女が河崎を振ったとか、河崎に振られたとか言われていたが、社内では最も河崎に近しい距離にいる女性だった。
「達也の新しい女知ってるか?」
 報告書をまとめている浩輔の傍らにきて、わざわざご注進に及ぶ男もいた。
 達也の悪友でマーケティング部に所属する藤堂義行だ。
 嫌味タラタラ浩輔をからかう藤堂は、河崎とはK大からの同期で、河崎とは違うが甘めのルックスに加え、仕事でも華々しさを競っていた。
「今をときめく売れっ子モデルの阿川マリだぜ。今回はコースケクンの地位も揺らいじゃうな。ウカウカしてっと」
 どんな地位だか、と浩輔は思う。
 聞こえよがしな台詞をはいて部署を出ていく藤堂の背後から、女の子たちのクスクス笑いが零れる。
 当の河崎は噂など歯牙にもかけず、「浩輔、グズグズするな!」と、あたふたと用意をしている浩輔に怒鳴りつけ、会社を出る。
「ウイークデイなのに、あれじゃ、コースケくん、身体持たないわよぉ」
 松井さやかがわざと浩輔に聞こえるように言えば、女子社員たちの笑い声がヒャラヒャラ続く。
 おそらくさやかは、実際に河崎と浩輔の関係を知っていたのだ。
 猫を拾ったのは、河崎のマンションの傍のゴミ置き場だった。
「あの…、こいつ、もってってもいいですか? 俺んとこ、ペットはダメなんです。大家がうるさくて」
 まだヨチヨチ歩きのネコを放っておけず愛しそうに抱き締め、恐る恐る窺いをたてた浩輔に、「面倒はお前がみろよ」と言っただけで、リビングの隅に浩輔が猫のトイレや缶詰やらのネコグッズを揃えても、河崎は文句を言わなかった。
 ボストンの祖父が河崎に買い与えた外資系企業向けのマンションは麻布にあり、欧米人仕様の造りになっていた。
 ローアンバーで統一された室内には、どっしりとした家具調度が備えつけられ、三十畳程もあるリビング、寝室と二つのゲストルームにはそれぞれバスルームがついている。
 ウォーキング・クローゼット、書斎、キッチン、全てに贅が尽くされた住まいだ。
 河崎が、チビスケ、と呼ぶので、そのままそれが猫の名前になった。

 


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