好きだから125

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「あれ、稔さんやったら空いてるかと」
「…るさいな!」
 佐々木がからかうように言うと、稔はちょっと言葉に詰まる。
「健斗と会うんだ?」
「まあな。俄かサンタは忙しいんだ」
「あ、そういえば仕事中やったっけ?」
「今頃言うな。診療は午前中で終わった。午後はかかりつけの患者が来るくらいだ」
 椅子のギコギコいう音が聞こえているので、まだ診療室にいるらしい。
「そうか、まあ、稔さんはサンタ頑張り。それより、手塚家の山荘、今も健在?」
「山荘? ってああ、蓼科のボロ小屋か? ガキの頃、お前も何回か行ったな」
「あれ、今日とか使わへんかったらちょっと貸してほしい思て」
「おお? 何だ? ロマンチックを求めるにはちとボロすぎるぞ?」
「そんなんやない。ようやっと仕事一段落で、ここんとこ身体酷使し過ぎたよって、どこか都会の喧騒から離れたとこで一人でゆっくり休みたいね」
「一人い? うーん、まあ、オフクロに聞いてみっから、折り返しする」
 電話を切ってコールを待つ間、佐々木は指が震えているのに気づいた。
 咄嗟の思い付きで、頭は何も考えてはいなかった。
 佐々木家も父親が健在の頃はどこぞに別荘などもあったらしいが、淑子も佐々木も一度も連れて行ってもらった記憶はなく、どうやら父親が女と遊ぶのにたまに使っていたようだが、相続税の問題で弁護士に勧められて売ってしまった。
 実際もしあったとしても、自宅だけでも手入れなどもてあましているのに管理などできようはずはない。
 ホテルでもよかったのだが、イブに予約が取れるとは思えないし、ただ一人でいられるところならどこでもよかったのだ。
 家にいたら、沢村が来たら、ただでさえ疲労困憊な状態では流されてしまう。
 何で………今更…………
 佐々木は重い身体を引きずるようにして部屋を出た。
 手の中の携帯がコールした。
「おう、使えるってよ。オフクロに聞いたら、最近リノベーションして、たまにオフクロが使ってたみたいだぜ。鍵渡すから、こっち来られるか?」
「わかった。おおきに」
 再びオフィスを施錠すると、駐車場に降りて数日置きっぱなしだった車に乗り込んだ。
 家に着いてガレージに車を入れていると、また携帯が鳴った。
 番号を確かめると家の電話からだった。
「はい、あ、ええ、今、帰りました。それが、これからまた一仕事あるので、はい、日曜の稽古には何とか」
 案の定、車の音を聞きつけた淑子が、いつ稽古に出られるか尋ねてきたのだ。
 疲れているのでなどとは淑子には通用しなさそうなので、すかさず嘘をついた。
 仕事用にノートパソコンと、適当に必要なものを最近買った軽いナイロン地のバッグに詰め込み、車のキーを手にしてから佐々木は二時間半ほどの運転は無理そうだと判断し、キーをテーブルに置いた。
 ロングベンチコートにマフラー、帽子に冬用のトレッキングシューズを履いて、生垣の裏木戸から通りに出た。
 きつい北風に思わずマフラーを口元まで上げると、疲れた身体に鞭打つようにして手塚医院へと歩いて向かう。
 手塚医院の前まで来ると、白衣にサンダル履きの稔が医院のドアを開けてやってきた。
「おい、車は?」
 稔は胡乱な目つきで佐々木の周りを見回した。

 


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