好きだから61

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 よっしゃ! やった!
 ひとりテレビでゲームを見ていた佐々木なら当然声に出しているだろうのに、目立たないようにという思いから沢村相手だとどうしても抑えざるを得ない。
「よおし、山本、目にもの見せてやれ! 六本そろえろよ!」
 佐々木の左隣の女子が沢村の五本目のホームランで狂喜乱舞しているところへ、稔が大声で怒鳴った。
 山本も一本目から快調にホームランを飛ばしていたが、後半ブレーキがかかり、最後のスイングが大フライに終わると、場内全体に溜息が広がった。
 結果はそれでも沢村と同数のホームランを揃え、山本、沢村がホームラン競争の勝者となり、選手にはスポンサーからの賞品が譲与されたが、五名の放ったホームランの本数掛ける十万円、百九十万円が災害被害者への寄付金となった。
「クッソオオ! 同数で二人だと? 何で決着つけねーんだ!」
 スイングのたびに野太い声で山本に声援を送っていた稔は、また佐々木の左隣の女子からのブーイングを無視して怒鳴り散らす。
 ホームラン競争の優勝者が二人というのが気に入らないらしい。
 別に女子だけではなく、ファンやサポーターなら当然声に出して応援してもいいはずなのに、ゲームを見なかったのも遠征先に行くことをしなかったのも、沢村とのことを人に知られまいとしてのことだ。
 現に、沢村の父親は沢村が相手が男だなどと口を滑らせたばかりに沢村の身辺を探らせているという。
 いくらLGBTに寛容になろうという主張が正論としてまかり通るようになったとしても、この日本では現実的には反感を持つ人間の方が多いだろう。
 国は表面上を取り繕っていればよしでやってきた国だからな、昔から。
 ジェンダー差別ですらとても先進国とは言えない低い意識のこの国で、沢村のような人気選手が男とどうこうなどとファンやサポーターは相容れないに違いない。
 沢村の父親が心配しているのはおそらく社会的な視線なのだ。
 戦国時代やあるまいし、自分の城を守るために子供の結婚までを利用しようなんぞという連中はロクなもんやないが。
 そういえばうちのお母ちゃんも横浜の叔母さんも要は金目当ての政略結婚やったんやな。
 ほんでも、横浜の篤子おばさんはええ人と縁があったわけや、あの夫婦ほんま今でも仲ええし。
 お母ちゃんは逆にまさしく貧乏くじ引いたな。
 しょうもない亭主はとっととこの世におさらばしてもうて、後に残されたんは高い税金と古いだけのあばら家。
 しかも息子はそのしょうもない亭主の血を引いて、てんで商才もないと。
 家や母親のことを考えただけで佐々木は溜息がでる。
 せや、あの母親を背負っていかなあかん身としては、世間から奇異な目ぇで見られて細々とした仕事に差しさわりがあってもな。
 まあ、いざとなったら、何もかんも処分して、お母ちゃんと二人、どっか部屋でも借りればええんやけどな。
 などと思うものの、茶道の師範としての矜持もあるだろう母親にはあの家を出るとかは論外だろうと佐々木は思い直す。
 つらつらそんなことを佐々木が考えている間に、今度は五名のピッチャーによる奪三振競争が始まっていた。
 沢村は三塁側のベンチ前に誂えられた椅子に座っていた。
 隣にいる八木沼が何やらしきりと話しかけているようだった。

 


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